ZKPがメタバースに「」をもたらす
2022年12月第1週、「メタバース」という言葉は、オックスフォード英語辞典の「Word of the Year,」で2位に入賞しました。これは、過去12ヶ月間の世相を反映し、永続的な文化的意義を持つと考えられる単語や表現を、30万人以上の人々が投票して決定するものです。
現在では、マイクロソフトやディズニーなど企業、Elton JohnからSnoop Doggまでの著名人は、メタバースをインターネット革命の次の段階として把握しており、すでに参入するための計画を立てています。
Mathew Ballの「The Metaverse」によると、メタバースを説明するための的確な文章は、「個々が存在を有し、アイデンティティ、履歴、資格、オブジェクト、通信、支払いなどのデータの可用性を持ち、無限のユーザーが同期的かつ持続的に経験できる、大規模で相互運用可能なリアルタイムの3D仮想ネットワーク」であるとしています。
この流れは、2020年のパンデミックによるロックダウンやソーシャルディスタンスの概念の拡大の後押しもあると考えられます。仮想共有空間への関心は爆発的に高まっており、現在では500社以上の企業がメタバースにへの取り組みを表明しています。
メタバースへの関心がweb3の文脈で広まったのは最近のことですが、コンセプト自体は以前から存在しており「Snow Crash」や「Ready Player One」といった作品の中でも描かれてきました。そして、Facebookが2021年に社名をMetaに変更し、このコンセプトへの取り組みを表明したことで、メタバースのビジョンに対する考え方が正式に時流に乗るようになりました。
ネットワーク、コンピューティングパワー、相互運用性の制限などの理由によって、Mathew Ballが表現するようなメタバースはまだ現実のものとなっていません。メタバースが完全に実現すれば、データのプライバシーの確保や参加者がデジタル資産や3Dアバターを使ってデジタル世界を行き来するのに必要なスケーラビリティが求められるようになるでしょう。
現在の多くの制限にもかかわらず、仮想空間の需要は今後も伸び続けると考えられています。2022年半ばにマッキンゼーが3,400人以上の消費者と経営者に行った調査では、メタバースは2030年までに5兆ドルの市場価値を持つとの推定結果が出されています。未来志向の多くの人々にとって、メタバースは人間のレジャー、労働、存在のためのパラレルプレーンとして想定されているのです。
Zero Knowledge Proof (ZKP)
「Zero Knowledge Proof (ZKP)」という言葉も、広く認知されるようになってきています。今後、ZK産業が具体的に開花すれば「ZKP」という言葉は来年のオックスフォード英語辞典の「expression of the year」を獲得するかもしれません。
ZKPのコンセプトは、1980年代にMITの研究者によって考案され、学術論文「The Knowledge Complexity of Interactive Proof-Systems」に記述されました。
ZKPは、証明者と呼ばれる一方の当事者(ウェブ接続した個人またはアプリケーション)が、検証者と呼ばれるもう一方の当事者に対して、ある情報を知っていることを、その情報の内容について明かすことなく証明するためのプロトコルです。つまり、情報を知っていることの証明以外の情報を、検証者に一切明かさないで合意を得る仕組みです。
2010年代半ばまで、ZKPは、理論的で高コストなため実用には向かないと考えられていました。しかし、Web3と呼ばれる分野の企業やプロトコルによって、この状況は大きく変わったのです。
ハードウェア、アルゴリズム、ソフトウェアの進歩により、ZKPは初期の理論的に存在していた時代よりもはるかに利用しやすくなっています。
ZKPにはいくつかの種類がありますが、その計算はすべて、多重スカラー倍算(MSM)、数論変換(NTT)、ハッシュ関数などの大量の数学プリミティブの組み合わせで処理することに依存します。
数学の話はさておき、ZKPは、自分が何かを知っていること、「何か」を所有していること、「何か」を行ったことを、その「何か」を明かすことなく証明する方法です。これは、特にウェブ上で個人情報を共有する必要のある多くの産業において、革命をもたらす力があります。また、個人情報を含む複雑な質問に対して「イエス・ノー」で答えることができるようになるのです。
現在、Web3分野の企業が中心となって、ZKPが開発され、多くのユースケースに活用され始めています。ブロックチェーンとメタバースにとって、ZKPはスケーラビリティとプライバシーという2つの重要な用途が存在します。
Web3とメタバース、そしてZKP
Webの歴史を簡単にまとめると、以下のようになります:
- Web1 — インターネットから「読むだけ」
- Web2 — インターネットの「読み取り、書き込み」
- Web3 — インターネットを「分散化、所有」
Web2は、現在使われているインターネットです。アクセスやコンテンツを中央集権的な組織の運営に依存することで機能しています。ユーザーが自分のデータを所有することはなく、ほぼ全てのデータをコンテンツのホスト側に依存することが、利便性とのトレードオフになっています。
Web3は、デジタル資産とデータのセルフカストディ(自己管理)を重視するブロックチェーンベースのインターネットです。ユーザーは自身のコンテンツを所有し、インターネットの利用に関してコントロールすることができるようになります。Web3の利点であり欠点は、ほぼ全てのブロックチェーンに透明性があり、その台帳が公開データであることです。ユーザーに透明性を提供するという利点のトレードオフとして、プライバシーがほぼ存在しないのです。
メタバースもWeb3も、その概念はWeb2のペインポイントを補うための発展形であると言えます。メタバースは、必ずしもブロックチェーンを基盤にしたものというわけではありませんが、メタバース上のデジタル資産の所有権など多くの部分でブロックチェーン技術が使われることが予想されます。
ZKPは、ブロックチェーン透明性と確実性を損なうことなくプライベートな取引、データプライバシーを可能にします。例えば、ユーザーはアカウント残高や取引の履歴を明らかにすることなく、取引を完了するために必要な資金の保持をZKPによって証明できるのです。
また、ZKPは、ブロックチェーンとやり取りする際や、メタバースでアバターを使用する際に、匿名アカウントの作成を可能にします。ZKPを使うことで、ユーザーは自分の身元や個人情報を明かすことなく、自分がそのアカウントの所有者であることを証明することができるのです。
また、ZKPの応用により、プライベートなコミュニケーションも可能になります。具体的には、メッセージの内容を開示することなく、メッセージの送信者および受取人であることを相互に証明することができるのです。
ブロックチェーンとメタバースは、どちらもスケーラビリティの進歩に依存しています。ブロックチェーンは、各ネットワーク参加者がブロックチェーン全体のコピーを保存するという分散型の方法でデータを保存するように設計されているため、容量に制限が存在します。つまり、ブロックチェーンに保存できるデータの量は、ネットワーク参加者のコンピュータで利用可能なストレージ容量に依存します。同様に、メタバースを構成する多くの世界を接続するためのスケーリングソリューションも同様の制限を受けることになるのです。
ZKPは、ブロックチェーンのルールに従って計算が行われたことを証明するソリューションだけがオンチェーンに置かれ、トラストレスな環境下での計算を可能にすることによって、ブロックチェーンのスケーリングの問題を解決します。
Web3の側面はメタバースに類似しています。スマートコントラクトによって実現される分散型自律組織(DAO)などの構造によって、透明な投票、所有権、デジタル主権、協働する人々のグループによる自己決定が可能になります。
Non-Fungible Token(NFT)は、ユニークなデジタルアイテムをブロックチェーン上に記録し、取引できるようにするもので、NFTが存在するアカウントのユーザーが完全に所有し、管理することが可能です。この要素は、メタバースにおいて、アバターや武器などのアイテム、特別なイベントやエリアへのアクセス権を取引するために、使用されることが想定されます。
ブロックチェーンゲームでは、暗号通貨やNFTといったWeb3技術を利用することで、プレイヤーはゲーム内の資産を売買したり、安全かつ透明性の高い方法でゲーム資産を所有することができるようになります。
最近のレポートでは、ブロックチェーンゲーム市場は2022年の46億ドルから、2027年には657億ドルに達すると予測しています。2021年と2022年のブロックチェーンゲームへの投資と資金調達の増加が、この市場成長の中核的な推進要因となっています。
Web3を構築する組織、そしてそれを可能にするツールが、オープンなメタバースの実現に必要なプロトコルの多くの基盤となると考えられます。同様に、Web2とWeb3を実現するインターネット通信プロトコルは、持続的な3D世界の相互運用をグローバルネットワークで実現するために拡張される可能性があります。
ゼロ知識革命
アクセス可能なZKPは、既存の多くの産業に革命を起こすことができ、その一部は、自由でオープンなメタバースの実現に関連しています:
- アイデンティティ:サービスプロバイダや政府を含む第三者に対して、個人情報が漏れるリスクなくオンラインで本人確認ができる。
- 金融:金融機関は、機密情報や専有情報を漏らすことなく、その支払能力を確認することができる。
- 投票:電子選挙において、有権者のプライバシーを保護し、改ざんできないようにしながら、投票内容を確認することができる。
- サイバーセキュリティ:ユーザーは、中央集権的な検証者にパスワードを明かすことなく、プラットフォームにログインすることができる。
- 匿名の所有権:デジタル資産、通貨、その他の財産を、所有者の身元を明かすことなく所有することができる。
- 機械学習:機械学習アルゴリズムの所有者が、そのモデル自体に関する情報を一切明かすことなく、モデルの結果の真性を他人に表現できる。
- データの完全性:ZKPは、偽情報に対抗するために、画像、ビデオ、データセットが本物であることを証明できる。
レディ・プレイヤー・ゼロ:メタバースにおけるZKPの役割
現在、メタバースに最も近い体験は、Roblox、Minecraft、Fortniteなどの統合仮想世界プラットフォーム(IVWP)に存在するマルチプレイヤーゲームで味わえます。上記3つのIVWPでは、それぞれ数千万人のアクティブプレイヤーを抱えています。しかし、エコシステムの閉鎖的な性質から、これらのゲームはメタバースではなく「メタガラクシス」であると考えられます。
マルチプレイヤーゲームの実行には、2つの方法があります:
- クライアントサーバー(Fortnite、Roblox、Minecraftら)
- ピアツーピア
一般的なクライアントサーバーでは、サーバーが中央集権的なサービスプロバイダとして機能することが求められます。各プレイヤーはサーバーに情報を送信し、サーバーは情報をゲームの全プレイヤーと共有します。
ゲームデザインのクライアントサーバーモデルには、メタバースでこれらのモデルが使用されることに対して働くいくつかの欠点があります:
- 所有権:サーバーは全てのゲーム内資産を所有・管理する。
- コスト:高度なマルチプレイヤー・ゲームエンジンを実行するためには、多くの強力なサーバーが必要となる。
- スケーラビリティ:サーバーとプレイヤー間に中継ポイントが1つしかないため、参加者が増えるとスケーラビリティのボトルネックになる。
- プライバシー:サーバーは信頼できない第三者であり、全てのプレイヤーの行動履歴や資産を把握する。
一方、ピアツーピアゲームの構造では、これらの問題の一部を解決しますが、別の問題も引き起こします。プレイヤーは、ゲームのルールを覆すために、ゲーム内のステータスに関する不正な情報を互いに提供し合うことができてしまうのです。
そこで登場するのが ZKP(Zero Knowledge Proofs)です。
ZKPを使用すると、全ての行動について公に検証可能な証明を提供し、その行動がゲームのルール内で合法であることを全ての当事者に示すことができます。
また、ゲーム内のデジタル資産の所有権の証明にも使用することができます。これは、ゲームに関連するアイテムの所有権の確認にサーバーを一切必要としません。
そして、ZKPはゲームのスケーラビリティを解決することもできます。多くの行動を1つの証明にまとめることができるため、計算オーバーヘッドを減らし、より多くのプレイヤーがゲームに参加できるようになります。
ZKPをピアツーピアゲームに導入することで、この仕組みの導入がメタバースの中核となる可能性があることが理解できるでしょう。このような改善によって、集中型サーバーの設置が不要になり、コストが劇的に削減されます。また、この仕組みにおいては、共有仮想空間の参加者が、ZKPで他のプレイヤーの行動を検証することによって、それぞれがサーバーとして機能することを可能にするのです。
定義上、メタバースは、多数のユーザーが同じ時間、同じ仮想空間で同じイベントを体験することをサポートできて初めて「メタバース」になります。このメタバースの将来のゲームアーキテクチャのビジョンでは、1秒間に多くのZKPの処理が必要ですが、ZKハードウェアの機能強化によって、これらの現実が実現に近づいています。
メタバースを哲学的に語ろうか
哲学的には、メタバースは、英国の哲学者ジョン・ロックが1689年に書いたエッセイ『Two Treatises of Government』で、米国憲法や他の西洋政府の法的基盤が基づいている3つの原則「生命、自由、財産」の究極の表現として例えることができます。
これらの概念は物理的世界には存在しますが、現実世界の制約によって制限されています。人間は肉体を持ち、広義には物理学における宇宙の法則に制約されて生きています。しかし、メタバースでは、物理的な制約がありません。
また、私たち人間が自分の人生を完全に所有し、コントロールできているのかどうかを考えることも合理的です。社会のルールを破れば、私たちは逮捕され、ひどい犯罪では命を奪い、奪われることもあります。デジタル空間での犯罪は(今のところ)、仮想環境から追放されることは別として、現実世界での自由を失うリスクを犯すことはありません。
自由とは、何かから逃れるか、または何かを行うかの自由を意味します。人間は、元来ある程度の自由を持っています。しかし、宇宙と人間の両方の法則によって、制限も課せられています。私たちは自活のための手段を存在する自由はなく、ほとんどの人は生活のために働いてお金を稼ぐ必要があります。メタバースの世界の自由にアクセスするためにも、現実社会のお金が前提になるでしょう。
メタバースのデジタル領域では、社会的・物理的な法則に制限されないことが想定されています。デジタル領域では移動時間が必要ないため、無限の空間と時間を体験することができます。メタバースの参加者は、自分の望むデジタル領域に瞬時に到達することができるのです。
財産とは、広義としては「モノ」であると言えます。人間はモノを手に入れるためにお金を使わなければなりません。私たちはモノの「所有」はできますが、実際には自分の財産の一部しかコントロールできません。そして政府や警察によって法律が施行され、そのモノが守られています。税金や保険の支払いを怠ると、自分のモノが取り上げられてしまいます。同時に、お金は政府によって管理されているため、時間の経過とともに、その使用にさらなる不安定要素をもたらすものとなります。
ZKPは、デジタルライフのもう一つの基本構造である「真実」を追加することを可能にします。ZKPを活用し、自分自身の秘密鍵を持つことで、人々はアイデンティティ、貨幣、財産、自由といった真実を確保することができます。
もし本当にユートピアが存在するのだとしたら、それは物理的な空間に属するものではないでしょう。メタバースについて考えるとき、私たちはそれを「場所」として考えがちです。しかし、それは、私たちの生命、自由、財産、真実という完全に実現されている概念に従って、私たちの生活を送る新たな方法となるのかもしれません。
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